禅語から学ぶ~白馬入蘆花
白馬とは文字通り白い馬のこと蘆花は白い花のこと白い馬が白い花が咲き乱れているところに入ると、共に白いため見分けがつかなくなり一体となるという意味。転じて・・・一口に白と言っても馬も花も大きさや形は全く別々です。つまり、同じように見えても、自分と
白馬とは文字通り白い馬のこと蘆花は白い花のこと白い馬が白い花が咲き乱れているところに入ると、共に白いため見分けがつかなくなり一体となるという意味。転じて・・・一口に白と言っても馬も花も大きさや形は全く別々です。つまり、同じように見えても、自分と
歩々是道場(ほほこれどうじょう) どんな環境でもその気になれば学ぶことはできる という意味です。いつも研修冒頭で、私から受講の皆さんにお伝えしているのが、「得たいモノに対してアンテナをしっかりと立てていると、どんな環境・状況からでも学ぶことはできる」ということ
閑古錘(かんこすい)閑とは静かで落ち着いている、古錐は古く錆びて先が丸くなった錐(キリ)キリは本来は先が鋭利に尖っていて、それで硬いものに穴をあけるのですが、古錘とは古く錆びてしまって先が丸くなったキリのことです。永年使い込まれて先が丸くなったキリから
昨日の茶道のお稽古でのお軸は「放下着」でした。「ほうげじゃく」と読みます。「下着を放つ」ではありません。そんな笑える禅語だったら、それはそれで面白いですが。放下とは「捨てる」という意味。着は強調を表す助詞です。「捨ててしまえ!」という強い意味になり
松風有清音(しょうふうにせいおんあり)松林に吹き抜ける風は清く心が洗われるような音がする。心が清らかになるような素敵な場面を思わせる言葉です。今日は朝からアポイント満載で大変なんだよな・・・今日中に仕上げなればいけない企画書、果たし
白雲自去来(はくうん おのずから きょらいす)白雲はどこからともなく湧き上がってきて、自由にあちらへこちらへと行き来します。高い山があっても山に遮られることなく、右へ左へ、上に下に、行きたいところへ行きます。雲は自由でいいな~。そんな自
毎週火曜と金曜は燃えるごみの収集日です。朝のお散歩の途中で、青いカラス除けネットの下に積まれたゴミの山をあちこちで沢山見かけました。これらの山もお昼過ぎにはすっかり片付けられ、なかったことになります。ふと、「松樹千年翠」(しょうじゅせんねんのみどり)の禅語が頭をかすめまし
茶道初心者教室を修了し、師と仰ぎたい先生に入門を許されての最初のお稽古日に掛かっていたお床のお軸は「柳緑花紅」。りゅうりょくかこう。柳は緑、花は紅 でした。柳はどこまでいっても緑であり、花はどこまでいっても紅である。それがあるがまま。柳が紅であることはないし、花が緑であること
お茶会を前に、「和敬清寂」(わけいせいじゃく)のお軸を思い出す出来事がありました。お茶席のお客様のお茶碗が空いているのに水屋からなかなかお茶碗を下げに来る様子がなく、半島役だった私はしびれを切らしてしまいました。お稽古だったということもあり、少しふざけてお茶席
卒業茶会に向けて私たちグループの練習にも熱が入ってきています。当日の私の役割は半島。お点前さんをサポートし、お客様に気持ちよくお過ごしいただくためのおもてなし役を務めます。お茶会当日のお軸は孤蓬庵 宅厳和尚の御筆で「喫茶去」(きっさこ)に決まりました。一期一会